〜これは架空のリサーチャー:シブヤ龍太郎を主人公とした仮想の物語〜
視線からどう判断するのか?

麻 布「アイトラッキング調査って、視線を計測するんですよね。でも、ちらっと見ただけとか、視線が通り過ぎただけとか、そういったものも含まれちゃうんじゃないですか?」
麻布はシブヤの後輩のリサーチャーである。ネットベンチャージャパン社から依頼された、アイトラッキングを用いた調査の準備を進めながら、ふとした疑問を感じたようだ。
シブヤ「そうだね、確かに視線が通ったところを計測してしまうんだけど、その辺は視線が留まった時間で判断しているんだ。」
麻 布「時間…ですか?」

シブヤ「そうそう、0.3秒くらいあれば人はちゃんと見たものの意味内容も理解できると言われていて、一つの基準になっているらしいよ。」
シブヤ「(上司の駒場さんが来たら、"説明しよう…宇宙刑事シャリバンはわずか1ミリ秒でどうたらこうたら"って言いそうだな…説明の方がずいぶん長い気もするけど…)」
麻 布「そうなんですか。」
麻 布「もう一つ良いですか?確かにしばらく見つめているけど、なんとなくボケーッと見ていることとか、よく分からないけど見てしまっていることってないですか?」
シブヤ「あるあるある!」
麻 布「(ちょっとオーバーリアクション?)」
シブヤ「あるよなー・・・。そうだね、何となく見てしまうのは無意識に見てしまうということで、それ自体が発見と言えるんだ。「意外とこのマークに視線が集まっている」とか。だけど、確かに好きとか、良いと思っているとは限らないよね。」
麻 布「怖いけど見てしまうことや、スポーツ新聞の見出しみたいに一瞬目がとまってしまうことってありますよね。」
シブヤ「そう、そこがアイトラッキングの課題で、"見た"という事実は計測できるんだけど、どういう気持ちだったのか、なぜ見たかという理由までは分からない。分かるのはあくまで"見た"という事実なんだ。」
麻 生「(うんうん)」
シブヤ「そこで、視線の動きを捉えた画像を見ながら、事後インタビューで定性的に聞き取っていくんだ。何か気になったことがあったんですか?って具合にね。」
麻 布「そうなんですねー、納得です。」
シブヤ「他にも研究はされているみたいだけどね。」
実査当日
シブヤと麻布は準備を進め、アイトラッキングを用いたWebサイト「なびなびタウン」評価調査の実施日となった。
梅 田「やっと私の出番ね、最近扱いひどくない?」

梅田はシブヤの先輩で定性調査のモデレーターである。今日はこの調査のインタビュアーを担当しているようだ。
シブヤ「それ作者に言って下さいよ。」
梅 田「まあいいわ、じゃあ頑張って行きましょう!」
シブヤ「よろしくお願いします!
梅田は気分を切り替えてグループインタビュールームへ向かった。
シブヤ「さーて、いよいよだ、楽しみだなぁ。」
麻 布「そうですね。あっ、そろそろ駒場さんを呼んできますね。」
グループインタビュールームには、PC画面型のアイトラッキング装置と、アイトラッキング計測用PCの2台が設置され、準備万端となっていた。
梅田の挨拶と、しばらくの質問の後、視線を調節する「キャリブレーション」を実施し、アイトラッキング調査がはじまった。

駒 場「おっ、もう始まっているな。」
上司の駒場がバックルームに入ってきた。
シブヤ「駒場さん、お疲れさまです。少し前に始まったところです。」
シブヤ「どうかしたんですか?」
駒 場「PCの前に男が座っているぞ…前回言っていた女子会はどうした?」
シブヤ「それがですね…よくありそうなタスクにしようって事で、若手男性サラリーマンが友達・同僚と行く飲み屋を探すというタスクになりました…。」
駒 場「なんだと!…すごく期待させる予告で次週にひっぱって、全然内容が違うTV番組っぽくないか?女子会は?」
シブヤ「変に説得力のある攻撃をしないで下さい。すいません…ご期待に添えず。この調査が好評だったら、次は女性向けサイトの話が来るかもしれませんし…。」
駒 場「うーむ…、そこに期待をつなぐか・・・。」
シブヤと駒場がショートコントをしている間に調査は進んでいた。
梅 田「では、実際にお店を探してみて下さい。気になったことはつぶやいてそのまま口に出して下さいね。」
対象者「はい・・・、じゃあ始めます。」
対象者「えーと、地域で選ぶのはいいとして、…地図かな?あれ、下の方にも何かあるし…。」
●アウトプットの一例:ヒートマップ
(視線の滞留時間の長い部分が暖かい色で表現される。)

そして、アイトラッキングを使ったパートは終了し、事後インタビューパートへ入った。
梅 田「お疲れさまです。どうでしたか?」

対象者「最初どこをクリックしていいのか分かりづらくて、色々手間取っちゃいまして・・・。」
梅 田「では、さっき実際に見て頂いた視線の入った画面を再生しますので、それを見ながらお話を聞かせて下さい。」
……
対象者「えーと、TOPページでしばらく悩んだ後、エリアで選ぶというより、値段とか、居酒屋とか、人数とか、そういうので選びたかったので、結局【詳細検索】を使うことにして、ここをクリックしてみました。」
梅 田「それで、一通りスクロールして…、ここから入ったんですか?」
対象者「そうなんです。」
梅田は聴取を進めながら、視線が迷ったり、スクロールして探したり、前の画面に戻ったりしたようなポイントポイントでどんな事を考えていたのか、その時の思考をたどってもらうように、聴取を続けた。
そうして、その後も続けて調査が実施された。
アイトラッキングの分析

麻 布「例のアイトラッキングのアウトプットって出たんですか?」
シブヤ「えっと、これこれ、当日見なかったヤツも含めて色々あるよ。」
麻 布「この円と矢印のはなんですか?」
シブヤ「これがアウトプットの一つ「シークエンス分析」というやつなんだ。まずエリアに区切って、どこかキーになっていそうな箇所を「始点」と決めて、この始点からどのような流れやパターンで視線が移動したのかを把握するんだ。」
●シークエンス分析の例

麻 布「100%がいっぱいあって、足すとすごい%になりませんか?」
シブヤ「あはは、確かにそんな感じがするね。」

シブヤ「どちらかというと始点となっている100%のところから出ている矢印に注目して、ここから地図に視線が行ったパターンが30%、右上のログインへ視線が行ったパターンが30%、右下の言葉でエリアを表したところには18%行った。そういう風に見るんだ。」
麻 布「へぇー!そうやって見るんですか。」
シブヤ「さらにその次は少し色の薄いオレンジの矢印で表されていて、また視線が戻ってきたパターンも結構あるみたいだね。右上からは86%戻ってきているね。」
シブヤ「この情報自体もすごく面白いんだけど、やっぱり最終的には、なぜ視線がこことここを行ったり来たりしているのか?なぜ、そもそもここは66%しか見られていないのか?そういった、行動の背景の部分が大切なんだ。」
麻 布「(うんうん)」
シブヤ「特に、サイトをこういう風に使って欲しい…と思った思惑や仮説と、実際のギャップがあると、発見が色々あるんだ。」
麻 布「他のアウトプットでも、アイコンやマークでもよく視線が行っているものと、そうでないものがあって面白いですよね。きっと、そんなに差が出るとは思っていなかったところですよね。」
シブヤ「そうだろうね。」
麻 布「視線だけでも色々気がつくことがありますし、それにインタビューも加わると何に困ったのかとか見えてくるので、改善のヒントが掴めますね。」
シブヤ「そうそう、新しい技術と、伝統的なリサーチのいい部分の両方で課題に迫る、その辺が醍醐味だよね。」
シブヤ龍太郎のリサーチファイル「アイトラッキング編」は、今回で終了です。
次号も【シブヤ龍太郎のリサーチファイル】を、どうかよろしくお願い致します。