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社会学のすゝめ 第7回「アクティヴ・インタビューと〈社会構築主義〉(前編)」

2012/03/21

タグ:小林祐児 社会学 アクティヴ・インタビュー

株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部  小林祐児(コバヤシ ユウジ)

アクティブインタビュー.png

「アクティヴ・インタビュー」というアイデア


定性調査において、「アクティヴ・インタビュー」という考え方がある。

マーケティング・リサーチというよりも、社会調査の文脈から現れたアイデアで、ジェイムズ・ホルスタインとジェイバー・グブリアムによる著『アクティヴ・インタビュー―相互行為としての社会調査』(せりか書房)によって提唱・実践されたものだ。

今回と次回のエントリの目的は、このアメリカの社会学者らが提唱する実践的アイデアの真価を、その背景にある〈社会構築主義〉という社会学固有の文脈を経由することで明らかにすることにある。



「アクティヴ・インタビュー」とは何か


ホルスタイン=グブリアムはこの著作の中で、伝統的な既存のインタビュー方法との対比によって彼らのアイデアの輪郭を浮き上がらせようとしている。まずは、彼らの説明に従いつつ、「アクティヴ・インタビュー」なるものの概観をつかむことから始めよう。

ホルスタイン=グブリアムによれば、彼らが「伝統的なアプローチ」と呼ぶ従来型のインタビュー調査は、面接相手となる対象者を、過去の経験や情報を貯め込んでいる「回答の容器」と見做してきたという。そして、伝統的なアプローチにおけるインタビュアーの役割は、そうした「容器」である対象者が貯め込んでいる意見や情報を、いかに「正確に」「そのままの形で」引き出すか、という点に集約される。


そうした従来型のインタビューに対し、彼らの「アクティヴ・インタビュー」が強調するのは、調査の中で行われるインタビュアーと対象者との相互作用である。

対象者は、インタビューの回答として情報を提供する際に、インタビュアーの立場や問いかけの仕方によって、自分の持っている情報を加工し、語り直し、その都度新しい形で提出する。
そこでは、対象者から得られる「回答」は、対象者の内部から言葉によって運ばれる「伝達物」ではなく、インタビュアーの関わり方によって生じる意味の交換によって「構築」されるものとして捉えなおされることになる。【図1】【図2】

【図1】
 伝統的インタビュー.gif



【図2】
 アクティブインタビューの図.gif

 伝統的インタビューにおいてインタビュアーが配慮する「バイアスの防止」や「中立性を保つ」といった基本的なメソッドは、アクティヴ・インタビューの実践においては、重きを置かれない。インタビュアーは対象者から「回答」という伝達物を正確に取り出す透明な媒介者ではなく、対象者とともに回答を「創りだす」アクティヴなプレイヤーとして立場を改めることになる。


より詳しいアクティヴ・インタビューの具体的方法論については後編に譲るとして、このように、従来の調査方法が「回答者の考えは、質問に先立って回答者の側にある」(西阪・川島2007;134)という暗黙の前提を持っている、という指摘は、ホルスタイン=グブリアム以外からもなされている。日本においても、例えば西阪と川島(2007)は、いわゆる形式的な質問紙調査の前提的思想を、会話分析との実地的な対比によって浮かび上がらせる。


さて、主体と主体の相互作用による意味の共同構築を重視するホルスタインとグブリアムの方法論的意識は、社会学においては「シンボリック相互作用論」「意味学派」と呼ばれる潮流の中に位置づけられる。だが、彼らの議論において最も意識されているのは、社会構築主義 social constructionism〉※1と呼ばれる学問的コンテクストである。

しかし、この〈社会構築主義〉という考え方は、20世紀後半以降の社会学において一大勢力として隆盛を誇ったと同時に、社会学そのものの地盤を揺るがし続けている「厄介なシロモノ」でもある。
その「厄介さ」にいきなり触れてしまう前に、〈社会構築主義〉がどのような主義/主張を行うものなのか、(そもそもそれは主義/主張と呼べるようなものなのか)を確認していく。


〈社会構築主義〉の展開――「状況」から「行為」へ


社会問題の構築.jpg

社会学における〈社会構成主義〉の歴史的端緒を特定させるのは難しいが、一般的には、ピーター・バーガー=トーマス・ルックマンによる『現実の社会的構成―知識社会学論考』(1966)と、スペクター=キツセによるラベリング理論の応用に求められる。

スペクター=キツセは、共著『社会問題の構築――ラベリング理論を超えて』(1977)において、逸脱状況や差別問題などのいわゆる「社会問題」についての研究において、ある「考え方の転換」を行った。

スペクター=キツセは、青少年の逸脱的行動や、差別などの社会問題が「現に存在する」という状況について、その状況についての客観的な「定義」を許さない、という態度をとった。
客観的に存在するとされる状況があったとしても、その背後には常に、「存在する」とラベリングする(呼び表す)行為が張り付くように存在している。スペクター=キツセは、解読するべきは、その指し示す行為のほうである、と説いた。

社会問題研究に対する彼らの転換とは、「状況」から、「行為」への転換である。彼らにとって社会問題とは、「ある状態が存在すると主張し、それが問題であると定義する人びとによる活動(Spector & Kitsuse 1977=1990:117)」なのである。

この【客観的な状態の分析】から、それを【客観的であると定義する行為(考え・言論)の分析】へ、という重点の転換が、その後の社会構築主義に緩やかに共有される通奏低音となっていく。


〈構築主義〉のアクチュアリティ


現象学の流れを組むピーター・バーガー=トーマス・ルックマンによる代表的著作『現実の社会的構成―知識社会学論考』は、〈社会構築主義〉により広い射程を用意した。バーガー=ルックマンは、アルフレッド・シュッツの現象学的社会学を発展させつつ、「そもそも〈現実〉という観念が社会的な相互作用によって構築されている」、というテーゼを社会学のステージに大風呂敷のように広げることに成功した。

こうして知れ渡ることになった〈社会構築主義〉そのものに、確固たる境界線を引くことはおおよそ困難である。すぐあとで述べるように、様々な論者が様々な立場から、社会構築主義「的」な考えをベースに多様なトピックを論じ重ねてきた。その考え方の中心にある最小公約数的なものを一言で言えば、

ある事象Xは、自然的/客観的実在というよりも、社会的に構成(構築)されたものである。

という単純な主張、もしくはアイデアとなろう。

人びとが、その「対象X」について、自明性(客観的に存在すると考えられている程度)を与えていればいるほど、その対象Xを覆す〈社会構築主義〉のアクチュアリティは増すことになる。疑いを持たずに「当たり前」と準拠していた社会的な前提をいきなりスコンと外されたようなショック効果、それこそが社会構築主義がもつ言論的な新奇性であり、隆盛への起爆剤であった。



社会構築主義の隆盛


こうして80年代以降、こうした「(多くの事柄は)社会的に構築されたものである」という理念を共有した社会構築主義「的」な業績は乱立することになった。『〜の(歴史的)誕生』という名が冠された著作が、世界中の社会学者、文化人類学者などから雨後の筍のように現れてくることになる。

ここで、そうした代表的な著作を、紹介も兼ねて少しだけ列挙してみよう。

ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』は、南米における「近代国家」という社会制度(をささえる幻想)が「出版資本主義」というメディアの動向によって構築されてきた過程を描き出すことで、国家制度の自明性を揺るがし、ナショナリズム以外の議論の場でもセンセーショナルな話題を振りまいた。

ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』、上野千鶴子の『近代家族の成立と終焉』は、フェミニズムの立場から、「男女の性差」、そしてそれに密接に関係する「家族」の社会構築性を前提に、その現在を実直に、熱っぽく未来を説いた。

ミシェル・フーコーは『監獄の誕生』『知の考古学』『性の歴史』などの著作で、「規範」「性」「近代」「主体」といった近代社会の基礎となる観念が歴史的にどのように現れてきたかを、「言説分析」という歴史学的な方法論を駆使して饒舌に語った。フーコーは社会学者というよりも哲学者・思想家として有名だが、その著作にある構築主義的な発想と方法論は、社会学における〈社会構築主義〉の隆盛に大きく寄与した。


〈構築主義〉の最も大きな仮想敵は、「ある実在は、人びとがそれに与える認識や言語に先立って、ある〈本質〉を有している」という〈本質主義〉になる。社会構築主義者らは、ときに強く政治的な批判的精神を持って、この〈本質主義〉を脱-構築de-constructionすることに尽力してきた。

歴史的な社会動向を追うことで、「対象X」が以下に構築されてきたかを解明することは、「対象X」の可変性を担保することにもなる。これらの著作は、Xの項に「性差」「国家」「家族」「主体」といった高い自明性を与えられてきた概念を挿入し、その自明性を打ち崩しつつ活発な議論を生み出すと同時に、〈本質主義〉的な発想が生む硬直的な現実へのオルタナティブを提供するという、政治的・実践的な役割も担ってきた。

監獄の誕生.jpg

近代家族の成立と終焉.jpg


ここまで、アクティヴ・インタビューのアイデアを皮切りに、それが依拠する〈社会構築主義〉のコンテクスト、その隆盛までを(極めて荒っぽく)紹介した。

しかしその後の〈社会構築主義〉は、その内部に、論理上の、ひいては社会学上の解き難いアポリア(難問)の存在を指摘されるようになる。その理論的な困難がどんなものか、そして、その困難と「アクティヴ・インタビュー」という実践的アイデアとの間に橋渡しを始めようとするところで、紙幅の尽きるところとなった。



【脚注】
※1 "constructionism"を「構成」と和訳するか「構築」とするかには活発な議論がある。カントからの流れを汲む哲学的議論の延長線にあるバーガー=ルックマンの著作では、「構成」と訳され、スペクター=キツセから「構築」という訳語が定着してきたが、詳しくは下に上げた参考文献を当たられたい。


【参考文献】
M.Spector and J.I.Kitsuse, 1977, "Constructing Social Problems"(=1990,『社会問題の構築 ラベリング理論をこえて』マルジュ社1990
平英美・中川伸俊編、2006『新版 構築主義の社会学』世界思想社
上野千鶴子編、2001『構築主義とは何か』勁草書房
赤川学、2006『構築主義を再構築する』勁草書房
西阪 仰・川島理恵、2007、「曖昧さのない質問を行うこと:相互行為のなかの情報収集」田中耕一・荻野昌弘編『社会調査と権力―"社会的なもの"の危機と社会学』世界思想社