株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 小林祐児(コバヤシ ユウジ)
「因果と相関を混同するな!」
このように、実は調査従事者にとって「因果」という言葉は、「相関」とのセットで問題になることが多い。その中でも、前回のメルマガでも触れた「擬似相関」の問題が最も多く話題にのぼってくる。
その真相を解き明かす、とまではいかないものの、その輪郭くらいはつかむために、ここで少しだけ〈因果〉という考え方の変遷をたどってみよう。
そもそも「因果」という日本語は、サンスクリット語で「原因と結果」を示す"hetu-phala"にあてられた漢語であり、仏教からきた言葉である。それは、輪廻転生を信じる〈業〉の教説と、「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いは不幸をもたらす」とする〈因果応報説〉の信仰に関わる言葉だった。善行(A)が、輪廻転生後の幸福(B)を生じさせるのですよ(だから善行を行うべし!)という教説が、「原因AによってBが生じる」のロジックの形で説かれたわけだ。
そして、久しぶりに因果を哲学の俎上に載せたヒュームは、主著である『人間本性論』において、その「多くの人がスンナリと理解できてしまう」ことを〈因果の本質〉近くに据えるという、一種のちゃぶ台返しを行った。
しかし、はたして本当に因果関係は知覚できないのだろうか。ヒュームが否と断じたこの議論に異を唱える形で、「因果関係は知覚できる」ということを実験によって示そうとしたのが、ベルギーの実験心理学者ミショット(Albert Edouard Michotte 1881-1965)である。
そこから、正方形AがBに向かって右側に移動していき、Bに接触するところまでは2つとも同じである。
【エントレイニング効果(引き連れ効果)】では、Bに接触したAはBと一緒に、それまで移動してきた速度と同じ速度で右側に移動していく。
文字よりも下の図を見てもらったほうが理解が早いかもしれない。
※なお、下図はミショットの装置を説明上簡略化したもので、元々の実験はもっと厳密な条件下で行われた。
ここでは、哲学者ヒューム、そして心理学者ミショットの因果論を主にとりあげてみた。それぞれ持論は異なれど、両者ともに因果という概念を主観的な心の動きを軸にして語ろうという方向性は同様であった。
【参照文献】
David Hume ,『人間本性論』 Treatise of Human Nature.(=2011 木曾好能訳 法政大学出版局)


