企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児
質的調査は、量的調査にくらべ、スキルが属人的で、マニュアル化が難しく、知見の共有が難しい、とされることが多い。このことは、普段何らかの質的調査を行っている方にとっては実感することも多いのではないだろうか。
その「名人芸」性は、大きく2つ、「データの取得」と「データの分析」の2フェーズで主に現れてくる。
【データの分析】 そうしてもたらされた記録、フィールドノート、インタビュー発言録などのデータから、とり方まで、適切なデータをどのように取得・収集するか
調査課題に対してどのような考察を施し、どのような結論を導き出すか
GTA、日本語ではグラウンデッド・セオリー・アプローチとそのまま表記することが多い。看護・医療などの臨床医学系の分野では一定の普及を見せている質的調査の分析手法であるが、マーケティング・リサーチの分野ではあまり使われていないし、ほとんど知られていないのが現状である(Web分析の分野では一部で試みられているようだ)(※2)。ちなみに、戈木(2006)によると、2000年から2005年の5年間で、質的調査を行った看護系論文の9.3%でGTAが用いられている。
発案は1960年台、米社会学者のバーニー・グレイザーとアンセルム・ストラウスによってなされた(上の画像は二人が最初に紹介した著書 "The Discovery of Grounded Theory"の邦訳。ここでは「データ対話型理論」と訳されている)。
仮想の比較対象と分析結果を比較する「理論的比較」の方法論や、得られた結果を活かしながら再度サンプリングを行う「理論的サンプリング」など、GTAが重視する調査作業上の特徴は多くある。
しかし、マーケティング・リサーチに応用を考えるとすれば、おそらくその最大の特徴は質的データ分析際の「コーディング」を定式化したことにある。
まず、分析作業の前段階として、
【1.文章化・データ化・読み込み】
インタビューや観察から得られた結果を、文字起こしした発言録、収集したテキストなど、文章化されたデータとして用意する。
ここで一旦全体の文章の読み込み作業は行っておく。
【2.スライシング】/切片化
次の、その採集した文章を、バラバラに切り刻む。
ここでは、上で理解愛した文脈を捨象し、客観的な視点から行うのが特徴的である。
スライシングした後の文章の、各部分のみを読み(ここでも文脈は考えから一旦捨てる)、内容を適切に表現する簡潔な〈ラベル〉をつける。
次に、似たラベル同士を集めてまとめあげ、ラベルの上位概念となる〈カテゴリー〉名をつけていく。
オープン・コーディングでつけた〈カテゴリー〉と複数の〈サブカテゴリー〉を関連づけて、ある説明したい社会現象を表現していく。
サブカテゴリーとは現象について、いつ、どこで、どんなふうに、なぜなどの5W1Hを説明するものである。
アクシャル・コーディングでつくった現象を集め、カテゴリー同士を関係づけ、現象の構造とプロセスを把握する(カテゴリー同士の樹形図のようなものを想像してもらえばいい。)そして、そうしてあきらかになった現象同士をとりまとめ、対象となった社会現象全体を説明する〈理論〉になる。
【ラベルとカテゴリー付けの参考例】(戈木2006, 76の図から作成)
マーケティング・リサーチにおいては、上の「理論的飽和」状態まで達するまでのサンプリングの繰り返しについては適用が難しいかもしれない。しかし、「名人芸」が健在であるマーケティング・リサーチの質的調査においても、GTAは一つの可能性を感じさせるものだ。とくに、近年のソーシャル・リスニング分析の時流にのって、「文章化されたデータ」自体はそれこそ大量(ビッグに)存在する(※4)。
それはたとえるなら、「目の前の円の面積を求めなさい」との問いに悩む子どもに対して、「とにかく3.14を使いなさい」と指示するのと、「円周率の近似値としての3.14をかけなさい」と指示するのとで、全く意味合いが異なってくることと同じである。「目の前の円」に対しては同じ答えが導かれるだろう。しかしその違いは、「次の円」、また「その次の円」に出会った時の子どもの成績に現れてくるはずだ。
【主な参考文献】
バーニー・G. グレイザー、アンセルム・L. ストラウス, 1967=1996 『データ対話型理論の発見―調査からいかに理論をうみだすか』 新曜社
戈木クレイグ・ヒル滋子, 2006 『ワードマップ グラウンデッド・セオリー・アプローチ』 新曜社
※1 しかしそれは量的調査のスキル獲得が易しいとか簡単という意味ではない。そこでは各スキルの結節点、目標が質的調査とくらべ明示されやすいという意味である。
※2 GTAの他に質的分析の定式化の試みとしては、SCAT(Steps for Coding and Theorization)が比較的知られている。
※3 GTAは、発想された当初からグレイザーとストラウスの間で手法についての意見が異なっていた。日本では、木下によるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)も生まれている。ここでは各バージョンを比較検討するのが目的ではないため、主にストラウス流の方法論を標準的・一般的なものとみなして説明する。例えば後述の「データのスライシング/切片化」のプロセスは木下版GTAには存在しない。
※4 現状のオープンなソーシャル・リスニング分析では、主にブログ、SNS上の大量の文章、言葉、つぶやきを集めテキストマイニングツールを用いるのが一般的だが、頻出単語の機械的なランキングや係り受け分析だけでは、量的な把握はできても質的な知見の理論化はなかなか難しい。ここへのGTAのコーディングの応用はチャレンジングだが新たな展開を期待させるものがある。


