株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児
一見奇妙なタイトルに見えるかもしれない。通常、老人は「なる」ものであって「誕生」するものではなく、加齢によって必然的に移行していくものとして理解されている。しかし、人は、年齢を重ねると直ちに老人になるわけではない。老人になるには、「老人」という観念が社会の側に用意されている必要がある。
そう、「子供」と同様に、「老人」もつくられなければならない。このエントリでは、ハワード・P・チュダコフによる労作『年齢意識の社会学』を参照しながら、「老年」への意識が特にアメリカで歴史的にどのように発達してきたかを見ることで、高齢者を取り巻く状況が大きく地殻変動を起こしている現在の日本へと投射させていきたい。
■〈時間〉の広がり
「年齢」の概念は、以前からあった。だが、一定の年齢に対して特殊な意味が付与される社会というのは、ずいぶん後になってからである。徒弟から職人へ、ズボンやスカートの着用など、年齢を重ねていくなかでの通過儀礼のようなターニングポイントはもちろんあったが、それが年齢と強く結びついているわけではなかった。
年齢と年齢意識が結びついてくる背景として、18~19世紀・イギリス近代産業革命後を経験した世界に広まった大量生産方式の進展があったことに触れておこう。アメリカでも1884年、グリニッジ標準時が採用され、大量生産の懐中時計やタイムレコーダーが普及し、庶民の手に渡ったのもこのころである。「時間」という観念が、こうした物質的な技術を通じて、土地や空間、社会的差異を超えた標準的なものとして広がっていった。
現在の私たちが世界単位で追われている「締め切り」の概念は、誕生してからおおよそ200年と少ししか経過していないこと、それにも関わらず今の私たちには「時間」を絶対的な基準として日々の業務を送っていることを確認しつつ、次の展開を見ていこう。
■医療と年齢
こうした背景の中、「年齢」について厳密な眼差しを最初に向け始めたのは、医療の現場である。
1880年代、医学の一分野として確立してきたのは「小児科」である。子供が羅患しやすい病気、しにくい病気などが徐々に精査されていく中で、年齢別に異なった治療法が用意されるべき、という規範が医学界に浸透してくる。
そうして、小児の身長、体重、血圧、睡眠時間、羅病率などの身体的な状態について、それぞれ年齢区分に応じた「正常な値」を弾きだそうとする努力が各地で行われていく。小児への医療が「年齢」に結びついていくにつれ、それの速度からはやや遅れた形で、その時系列的な一方の対にある「老人」への医療の眼差しも変化してきた。
例えば、産科医のジェイムズ・フォスター・スコットは1898年に誕生以前から老年までの人生を「性行動」の傾向別に、7つの段階にわけた。それによれば、女性は42~50歳、男性は50~65歳でいわゆる「人生の午後」にさしかかり、幼年期から再び性の伴わない生活に入ってくる。古代からある「厄年」の観念と、「性行動」の衰退期が交差されて論じられていく中で、年齢と「老年」の輪郭が徐々に形成されはじめる。
■隔離されるべきものとしての「老人」
そして、60代まで生きる人口が増える中で、老年期の人々の社会的地位も変化してくる。
「それまで老人は長寿はもとより、豊かな人生経験と知恵の蓄積で尊敬をかちえてきた。しかし、科学と経済的合理主義が国民を変貌させるにつれて年配者に対する態度は尊敬と軽侮の混在から軽蔑へ、されには敵意に変わりさえした。こうした変化は老年がしだいに孤立した人生の一時期、還元すれば明確な年齢の境界に区切られた時期、として認識されたことに伴うものであった。」(P.Chudacoff, 1989,75)
救貧院(Poor House)の様子
こうして、産業化の進む社会でその産業労働から切り離されていった老人は、切り離されていった先で年齢の近い同胞集団を作るとともに、一個の社会的な年齢カテゴリーとしての一般性を高めていく。
そして、都市化と産業化が進み、退職制度と年金制度が次第に整備されていく中で、生産能力が下がる高齢期は、「依存の時期」として暗く侘しいイメージを固着させてきた。
財産は失われ、友は世を去るか引っ越すかしていて、身内は少なくなり、功名心は潰え、残りの人生はあとわずか、そして死が一切にけりをつけるべく待ちかまえている−−こんな人生の終焉は、希望を持ち独立心のある市民である賃金労働者を、あっという間に、希望のない貧しい人間へおとしめてしまう。
(Lee Walling Squires, Old Age Dependency in the United States, 1912, 28,29)
平均寿命が伸びていく中で健康的な老人も統計的には増えていたはずだが、老人をとりまく歴史はそれほど単線的な発展を見せることはなかった。「老人」というカテゴリーの発生は、産業社会の進展の影を背負いながら、データと社会が織りなす複層的な現象として現れてきたのである。こうした「老人」の誕生の確定的な時期を、20世紀初頭のアメリカに見ることができるだろう。
ここまで、端緒のみとはなったが、老人という観念が「時間」「医療」「性」「労働」「居住空間」といった複合的な要素が折り重なって成立してきたことをみてきた。
そもそも統計的調査の先進国であるアメリカでさえ、細かい生年月日や年齢を記録し始めたのは20世紀の初頭になってからである。医療の現場における測定データの収集とともに、公的機関が主導した統計的データの収集活動は、そのまま「老人」の像が固まっていく流れを牽引してきた。
そして、そこで得られた年齢に紐付いた各種のデータは、マーケティングデータに応用されていくようになり、それによって各年代の像も大きく左右される。人口構成の大きな変動層、例えばベビーブーマーのような「特別な」世代が現れたことも影響し、マーケティングデータの読み取りの第一優先軸が「年齢」であり続けてきた。


