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社会学のすゝめ 第32回「恋愛と結婚の社会学―ロマンティック・ラブの行方―」

2014/06/26

タグ:恋愛行動 社会学 小林祐児

株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児

世界でも、日本でも、多くの人々の毎日の暮らしに大きく影を落としているのにも関わらず、マーケティングにおいてほとんど語られることのない生活領域がある。「恋愛」の領域だ。

家族、家事、デート、食事という周辺の行為についての注目と比べて、その行為の根幹のモチベーションとなるはずの「恋愛」の本態については、公に語られることがほとんどない。

マーケティングというビジネスの現場で、恋愛が語られないこと。それ自体「プライバシーと労働の分離」という労働社会学的には極めて面白いテーマだが、その深みについては、今回は迂回しよう。

恋愛・そして婚姻行動は、少なくとも社会学や文化人類学の世界では、極めて重要な社会的営為として研究が行われていた。とりわけ女性の社会進出や、少子化・婚活など、現代日本におけるジェンダーの問題に大きく関わってくる分野として再度注目が集まっている。

そこで今回は、「恋愛行動の社会学」と銘打ち、恋愛行動の社会学的歴史と、現代日本における恋愛行動の概観をいつもながら荒っぽくではあるが紹介したい。


■お見合い結婚と恋愛結婚

青春の純愛、なりふり構わぬ盲目の愛、報われぬ悲恋の行く末… 情熱的な愛の結末の場面は、「結婚」という社会契約と大きく関連する。そこで、まずは、こちらのグラフをみていただきたい。

 結婚グラフ.png

※国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」より

これは、日本におけるお見合い結婚と恋愛結婚の構成比(%)をグラフにしたものである。
これを見て、意外に思う方も多いのではないだろうか。恋愛結婚がお見合い結婚の構成比を抜くのは60年代後半、ようやく高度経済成長期ごろである。私たちがいまや当然のように考えている、「恋愛の先の結婚」という観念、いわゆる「ロマンティック・ラブ」という観念は、ここ30、40年ほどに発達してきた観念に過ぎない。


■恋愛と結婚の三つの戦略

ロマンティック・ラブとはなにか、その説明の前に、社会における恋愛・結婚の位置を簡単に俯瞰してみよう。
そもそも、社会秩序という面から見ると、「恋愛」と「結婚」は、互いに多くの矛盾を内包していることは多くの論者から指摘されることだ。

たとえば、(そんな社会はありえないが)「結婚」と「恋愛」についてのなんら規範のない社会を想像してみると、「結婚にふさわしい相手」と「好きになる相手」が別の対象になることは十二分にありうる。

また、結婚後に別の相手を好きになることも当たり前のようにありうる。社会成員が、それぞれ好き勝手なタイミングで好き勝手な相手に、好き勝手なやり方で恋愛感情を抱く/結婚するのでは、社会の秩序は守られず、混沌に陥ってしまうだろう。想像してみると確かに阿鼻叫喚の絵が思い浮かぶ。
谷本(2008)によると、そこで社会は、3つの戦略的規範を用意してきた。


【第一の戦略】は「恋愛と結婚を分離してしまう」戦略だ。よく知られるように、ギリシャ以来、恋愛における同性愛は普通のことであり、それと婚姻関係は切り離されていた。また、結婚は結婚で維持しながら、「妾」などの立場で異性を囲うようなスタイルも、今でこそ認められにくいが、かつては多くの社会において相当に許容されていた。

【第二の戦略】は「恋愛そのものを抑制する」戦略。例えば、宗教的世界の多くが、恋愛を俗世のものとして切り離し、禁忌の対象とすることが知られている。

【第三の戦略】が、「結婚と恋愛を結びつける」戦略。これこそが上で言った「ロマンティック・ラブ」と呼ばれるものである。


いわゆる「近代」以前、多くの社会において、性生活は夫婦関係とは関係なく取り結ばれ、恋愛感情も婚姻関係とは結びついてはいなかった。12世紀ごろに「異性愛」が一般的になってからも、上の「妾」の例のように婚姻外の相手との恋愛は広く行われており、上でいえば【第一の戦略】によって社会的秩序が保たれていた。

そこでは親や身分、血縁などによる取り決め婚が一般的であり、貧しい人々の間でも結婚は恋愛の延長ではなく、農業労働力を調達する現実的な手段としてあった。例えば17世紀フランス・ドイツなどでは、夫婦間に肉体的な愛着がほとんど存在しなかったとされている。


■ロマンティック・ラブとはなにか

上でいうところの【第三の戦略】、ロマンティック・ラブは、18世紀から19世紀にヨーロッパにおいて誕生した恋愛についての規範・観念・イデオロギーである。その本態を一言で言えば、「性生活と恋愛と結婚の三位一体」にある。

ロマンティック・ラブは、フランス革命後の近代ブルジョアジーの勃興を機に生まれ、それまで貴族社会に蔓延していた婚姻外の相手との性生活をタブーとしつつ、恋愛感情を抱いた相手との結婚を奨励する。

結婚相手としてふさわしい相手に抱く恋愛感情を「正統」なものとし、結婚と結びつかない恋愛を蔑視する態度もここから生まれてきたものだ。つまり、「浮気は文化だ」というかの名/迷言は、「文化」という言葉が「社会における可変的なもの」を意味する限りにおいて、正しい。

ロマンティック・ラブは、キリスト教的な倫理観と密接に結びついた「情熱愛passionate love」の観念と合流しながら、「崇高な愛情」という要素を強めていった。恋愛相手を「特別な存在」として、その人格的特性をも愛すことをその理想に据えながら、小説という新しいメディアによって敷衍していった。

このロマンティック・ラブは、労働単位がギルド的な職人集団から核家族に移っていった近代過渡期の経済形態とも適合的であり、家父長制度が広まっていく際の精神的準備となるなど、近代に起こったその他の社会変動と極めて強く結びついている。


そして、上のグラフでみたように、日本においてこの「ロマンティック・ラブ」というイデオロギーが根付き、恋愛結婚が普及したのは、戦後、ようやく高度経済成長期にあたる。幾多の小説・ドラマ・テレビ・映画などのメディアはこぞって「恋愛と結婚」をテーマにし、男女の物語の結末に「結婚という喜劇/結婚できないという悲劇」を据える物語形式とともに、一般に敷衍していった。
例えば、谷本(2008)は、「ベルサイユのばら」「ポーの一族」などに代表されるような一世を風靡した少女マンガのストーリーが、ロマンティック・ラブを日本に広めた役割について分析している。

ベルサイユのばら.jpg


■「婚活」とロマンティック・ラブの行く末

さて、今日のロマンティック・ラブはどうなっているだろうか。
1970年代後半から、日本の男女各年齢層で未婚率が急上昇していることはよく知られている。そして、2008年ごろから現代日本を騒がしている恋愛トピックといえば、結婚活動、いわゆる「婚活」ブームである。

一口に婚活といっても活動は多岐にわたる。例えば、合コン・街コンに参加する、インターネットからの出会いを探す、親族や職場の同僚や上司に紹介を依頼する、お見合いパーティーに参加するなどなど…。

「婚活」ブームに乗って、結婚を目的とする出会い斡旋のサービスは様々に多様化した。「婚活」とラベリングされることによって利用者側やその周囲の人達に受け入れられやすい素地が整ったとも言えるだろう。特に少子化と過疎化に悩む地方自治体などではこのラベリングは施策の打ち出しやすさに大きく影響したようだ。

「婚活」の一般化によって現代日本のロマンティック・ラブはどのような変容をみせるのだろうか。

こうしたある種システマティックな出会いが多くなることによって、「(婚活でみつけるような)結婚相手と恋愛相手は別」という考えも上昇してきているような機運はある。一見、この意見など、ロマンティック・ラブの典型例からは外れているようだ。

しかし、結婚パーティーやお見合いでの出会いでも、結局そこから「恋愛」を経て結婚にいたる、という前提が崩れない限り、ロマンティック・ラブの磁場からはみ出しているとは言い難い。親が決めた相手と1回会って決定するような以前のお見合い結婚と、何人もの候補者と何回も出会いを重ねる現在のお見合い的出会いサービスを同じものとみなすことは出来ないだろう。

個人はともかく、社会全体を引いてみたとき、「婚活」は実は困難を抱えた活動である。異性との出会いが増えれば増えるほど結婚できる可能性は上がるように見えて、相手側の出会い回数も同時に上がっているのだから、その希望同士が一致する可能性は相殺されてしまうからだ。

未婚率の上昇について、巷でよく言われる「結婚観の多様化」という要因は確かに存在するが、人口問題研究所による出生動向基本調査では、2005年の段階で未婚者の9割近くが「いずれ結婚するつもり」と回答しており、20年前から微減にとどまっている。

つまり、「婚活」現象は、困難と願望の板挟みの状態のまま、ムーブメントとしてもてはやされている状態にある。その言葉の発明者の意図(山田2010)から外れ、情報サービス業のHOW TOスローガンのようになってしまったのも、こうしたバックグラウンドがあるように感じている。


■最後に

ロマンティック・ラブと、それに導かれる婚姻、恋愛行為の様相は、少子高齢化に揺れる日本社会全体の行く末と同時に、今後も目を離すことができない現象である。しかし、「恋愛」のテーマは、マーケティング、そしてマーケティング・リサーチには極めて馴染みにくい。

その馴染まなさは、階級関係や職業関係と切り離された「恋愛結婚」が一般的になるにつれ、恋愛が当事者二人の関係に「自閉」していった、ロマンティック・ラブの機構そのものにも所以する。表層的な「行為」のレベルに照準しがちな思考を離れ、より変化しにくい「動機」の水準に目配せすることを恋愛の社会史に学びつつ、今回の社会学のすゝめとさせていただく。



【参照文献】
ニクラス・ルーマン、2005、『情熱としての愛―親密さのコード化』(木鐸社)
谷本奈穂、2008、『恋愛の社会学―「遊び」とロマンティック・ラブの変容』(青弓社)
山田昌弘編著、2010、『「婚活」現象の社会学―日本の配偶者選択のいま』(東洋経済新報社)
アンソニー・ギデンズ、1995、『親密性の変容―近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』(而立書房)