株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
取締役フェロー 澁野 一彦
◆「ロボット工学」の目指すベクトル
「トランスフォーマー/ロストエイジ」を観た。前回までのシリーズ以上に、ロボット(トランスフォーマー)達の圧倒的なパフォーマンスに驚かされる。この映画は、人間とロボット生命体との交流を主題としている。ただ時としてロボットと人間は敵対し、ロボット達は人類を破壊しようとする。
SF作家アイザック・アシモフは、60年前に小説「われはロボット」の中で『ロボット工学三原則』を示している。
『ロボット工学三原則』は、ロボットが従うべきとして示された原則で、「人間への安全性」、「命令への服従」、「自己防衛」を目的とする3つから成る。
『ロボット工学三原則』は後のSF作品に影響を与えただけに留まらず、現実のロボット工学にも影響を与えたと言われている。
今ロボット工学は大きく進化し、産業としても事業を拡大している。その中には軍事用ロボットもあれば、産業用のものもある。
人の体に覆った装具で、手や脚などの動きを動力によって補助する装置のことを「パワードスーツ」と呼ぶ。
実際に、「機動戦士ガンダム」のように兵士が着用して力を増強する軍事用のロボットスーツ「マッスルスーツ」が開発されている。アシモフの三原則に反し、(人間に危害を与えることを目的とする)軍事分野でロボット技術が発達・進化しているのも事実である。
一方、医療福祉分野も「ロボット工学」の技術開発・進化に寄与する(合う)分野である。
同じ「パワードスーツ」でも 装具に固定したモーターで肘、腰あるいは膝の関節部分の動きを補助すれば、障がいがある人の生活支援ができる。さらには健常者に対しても、重い荷運び労働などの手助けになる。
今回は、高齢者マーケットへの民間の取り組み事例として介護の世界で人を支援、補助する「ロボットスーツ」を紹介する。
◆ロボットスーツ「HAL」の取り組み
「HAL」は、介護ロボットなどを開発している産学協同のベンチャー企業・サイバーダインの社長である筑波大学教授の山海嘉之氏によって開発された歩行支援ロボットである。足の弱い高齢者や障がいがある人が装着し、歩行訓練を行う。
「HAL」の仕組みはこうだ。(以下「HHNEWS&Reports」より抜粋)
人が動くとき、脳から筋肉に神経信号が伝わる。その際、意思を反映する微弱な生体電位信号(情 報伝達時に発する電気信号)が皮膚の表面に現れる。
その信号を、装着者の皮膚に着けたセンサーで読み取り、その情報から筋肉の動きと連動し、装着者の動き をサポートする。「HAL」はPCとつなげることで装着者の様々な症状に合わせた微調節ができる。実際にこのスーツをリハビリに利用している病院では 「機械が勝手に歩くパターンを組むのではなく、その人の生体電位を拾って患者の歩きたい動作に合わせて瞬時にサポートする。
患者が動く意思を示してから「HAL」が動くまでのタイムラグがほとんどない」と「HAL」の特長を指摘する。
「HAL」の素晴らしいところは、単に物理的に歩行の補助をするということではなく、この「HAL」を一定期間装着して治療を行うと、脳・神経・筋力系の機能再生が促進され、歩行機能が改善されるというもの。まさに、人の残存能力を再生し、高める生活支援デバイスである。
◆「ロボットスーツ」で「寝たきりゼロ」を目指す
山海教授は言う。「われわれは医療、福祉、生活の3分野を軸にして、自動車や電機と同じように、人を支援する産業を作り出し、サイバーダインが世界を主導する立場で開拓していきたい。国際的な認証規格などのルール作りも中心になって仕上げていく」
「社会が直面する課題そのものを新産業にしていきたい。少子高齢社会では要介護や病気を抱える人が増える。社会が支えなければならないが、今後、限界に達することは目に見えている。
われわれが目指すのは"重介護ゼロ社会"。具体的にいえば寝たきりゼロだ。そのために取り組んでいることは2つ。1つは、自立度を高めること。身体や生理機能を向上させていく。もう1つは、支援や介護をする人が楽にできるようにすること。
介護される側の要介護度が改善すると、支援する側も楽になる。サイバーダインは、その2つを実現するテクノロジーを作り出していく。社会はいつもテクノロジーで変わってきた」(「東洋経済誌」のインタビュー記事より)
今後、「HAL」の応用分野は,医療福祉分野におけるリハビリテーション支援や身体訓練支援、身体機能に障害を抱える方々への自律動作支援、介護支援、工場等での重作業支援、災害現場でのレスキュー活動など幅広い分野での活躍が期待されている。
アシモフの「われはロボット」を原案にした映画「アイ、ロボット」では、彼の挙げた三原則に反して、ロボットが人間を襲うストーリーになっていた。各原則の優先順位や解釈によりロボットは不合理な行動をとる(人間を襲う)ということらしいが、『ロボット三原則』と規定した割にはどうも説得力に欠ける。
フィクションの世界なのでしょうがないが、現実の世界でのロボット(産業)は、山海教授が言うように社会課題を解決する社会支援インフラとして機能することを目指してもらいたいと思う。