株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
あまり知見がない分野のリサーチ、今までにない調査課題を頂く場合、リサーチャーも少し対応に困ることがあります。
もちろん、個人に知見がなくても社内で「同じような業務」を行った経験があり、そこから知見を得られるケースは良いのですが、それでも十分にカバーしきれないことがあります。そういった場合にどのように対処すればよいのでしょうか?個人の経験ベースにはなりますが、今回はこのテーマで話を進めたいと思います。
ベーシックな「人に聞く」以外の方法では、書籍やWebで調べるのも王道ですし、実践している方も多いでしょう。しかし、どれだけ調べたり人に聞いても、「近いケース」はあっても「同じようなケース」が出てくることは稀です。
つまり、「近いケース」から少し飛躍させて、応用することが必要となります。さて、ここまでは多くの方にご納得頂けるのではないでしょうか?
しかし、問題はこの「近いケース」という部分にあります。そうです、「それが自分の求めているものに似ている」「応用できそう」と考えられるか?という話になります。
「部分的に似ている、発想は似ている」と考えられると学べる点が見いだされてきます。しかし、「細かく差異があり、全く似ていない」と考えると拒絶の姿勢となってしまい、その時点で何も学べなくなりがちです。
■携帯電話とクラウドサービスは似ているのか?
例えば、IT系の調査をするとして、「携帯電話」のようにハードウェア(電話本体)とソフトウェア(OS、UIなど)の組み合わせで作られているもののもあります。一方で「Web上のクラウドサービス」のようにソフトウェアのみのものもあります。
「携帯電話」でIT系のリサーチ経験があるとして、新たに経験のない「Web上のクラウドサービス」のリサーチに挑む場合、これは「全く経験がなく、何も似ていない、ゼロから考えるべき業務」となるでしょうか?
私の経験からではありますが、IT系の物が好きな人は、ハードもソフトも好きであったりして、「全く同じ」ではありませんが、「少し似通って」いたりします。そうなると、段々似ている部分にも気が付き始めます。
・携帯電話で作ったユーザーセグメントが応用できないか?
・携帯電話の機能について聞くときのコンセプト評価の仕方が応用できないか?
・携帯電話のユーザーインターフェース評価の仕方が応用できないか?
・携帯電話のデータの保存、受け渡しの方法の時の聞き方が応用できないか?
などと、「似ている部分」に着目すれば、応用できるところはありそうです。
しかし、「全く似ていない」という発想で考えると…
・クラウドサービスには、触れるハードウェアがないので似ていない。
・クラウドサービスは、携帯電話ショップや家電量販店で売っていないので似ていない。
・クラウドサービスは、機種変、2年縛りという節目がないので似ていない。
・クラウドサービスは、提供者があまり意識されず、ブランド戦略の面では似ていない。
確かに違うことばかりに見えてきます。
こうなると、部分的に応用できるものがあっても、過去の事例にあたるまでもなく、携帯電話の事例は「使えない」と感じてしまい見向きもされなくなってしまいます。
そこに宝が埋もれていたとしても、見出されることはなく非常にもったいない結果となってしまいます。
■海外での調査
より調査の実務的な視点で言いますと、「海外での調査」をイメージして頂けると良いかもしれません。海外での調査を経験された方であれば、「海外調査あるある」的な共通法則のようなものをご存じではないでしょうか。
・出現率の予測と実態が少し異なり、サンプル設計が元の設計からずれても、必死で元の設計にあわせようとはしない。
・スケジュールにシビアではなく、予定通りに届かない。
・事前に聞いていた会場の様子と実際の会場で少し異なり、設置で混乱した。
他にもあるかとは思いますが、日本との考え方の違いで困った経験をお持ちではないでしょうか。
さて、上記のような点ですが、「海外」と言っても「北米」もあれば、「アジア」もあれば、「欧州」もあります。その中でも国ごとに文化は異なります。「日本」と「中国」を同じ「アジア」とひとくくりで考えるのは危険でしょう。また、調査手法によっても異なるので一概に言えないはずです。
つまり、一様に語っていますが本来全く別の案件であり、さほど似ていないはずです。
しかし、「あー、それ海外調査でよくありますよー!」と「似ている点」にご納得頂けるのではないでしょうか。実際に海外調査経験のあるリサーチャーが集まると、この手の海外あるあるネタに花が咲きます。
■抽象化
これは、意識の中で「抽象化」がなされたためであり、例えばニューヨークで困った経験とインドのムンバイで困った経験は、個別には全く違う経験であったはずです。
対象者が時間通りに来なかったのか、データが予定通りに届かなかったのか、モノが遅れて届いたのか…。しかし、「スケジュールの遅延と抽象化」されたことにより、一気に共通項が見いだされ、「似た事例」となります。
リサーチとは異なる事例で言えば、「似顔絵」が顕著な例でして、個々人の特徴をたれ目、出っ歯などと抽象化し、デフォルメしてイラスト化していきます。元の写真からは大きく乖離していても似ていると感じるのは「抽象化」の賜物であり、「抽象化された特徴」で人の顔を認識しているからのようです。
弊社の近くに似顔絵のチェーン店「カリカチュア・ジャパン」の渋谷店があり、よく芸能人などの似顔絵が飾ってありますので、弊社にお立ち寄りの際、よろしければ覗いてみて頂けないでしょうか。元の写真からはかけ離れていますが、「その人だ」と分かるので不思議なものです。
■抽象化と応用
さて、この「抽象化」のメリットとはなんでしょうか。一つには情報量を減らせることがあります。「○○さんってどんな顔だっけ?」と記憶する必要がある時に、「出っ歯でたれ目な人」と記憶すると、特徴が分かる状態で大きく情報量を減らすことが出来ます。
デジタルデータで考えますと、少し粗めの顔写真だと「200Kバイト」程度のものが、抽象化すると「出っ歯でたれ目な人」は9文字ですので、「1文字=2バイト」として「18バイト」と考えられます。
「K=約1000倍」ですので、写真の200Kバイトは「約200000バイト」です。その情報の圧縮度合いは目を見張るものがあります。
そして、もう一つのメリットが非常に大きいと思われますが、抽象化するとわずかな差は消し飛びますので、「パターンの一致」を発見したり、何らかの類似点で「グルーピング」をしやすくなることです。
そうなると、「ただの過去の事例」が「応用可能な事例」に、「ただの理論」が「応用可能な理論」に変ります。そうです、「過去の知見」が今の課題に対して「応用可能な知見」に変ります。
我々が用いることの多い「実験計画法」など「フィッシャーの統計学」も農場試験の中で作られましたが、その後社会的なテーマに応用され、今日ではマーケティング・リサーチ等で幅広く活用されています。
フィッシャーは農作物の大きさなどの分布と、人間社会の個性の分布が似ていると感じたのかもしれません。
■「似ている」と考えるためのコツ
多少話が飛びましたが、個々の事例で違いはあったとしても、事例を抽象化して「似ている」と感じられると、過去の知見の応用ができるようになり、新しい業務、経験のない業務のヒントを得ることが出来るようになります。
では、「似ている」と考えるためのコツは何でしょうか?
それは「共通点を探す」ことだと考えています。
たまにセミナーのワークショップなどで実施するミニゲームで共通点を探すゲームがあります。初めてあった人同士が、短時間の自己紹介後、「出身地」「血液型」「メガネをしている」「音楽が好き」…等と共通点を探していき、共通点の数を競うものです。
リサーチャーは集計表のデータなどで、「違いを探すこと」に慣れ過ぎており、ほとんど刷り込まれているレベルになっています。要はその逆を行うこととなります。(それゆえに少し苦手なのかもしれません。)
「共通項探し」のテクニックは比較的シンプルでして、大きな視点(俯瞰した視点)で捉えるとなんでも似てきます。
「社会人である」「男性である」「関東在住である」「ここまで電車で来ている」「スーツを着ている」「人類である」「目が二つある」「生物である」…あまりやりすぎると少し馬鹿にされそうではありますが(笑)、大きな視点で見るといくらでも共通点が見えてきます。
「野球」と「サッカー」の共通点は何か?といった遊びでも良いでしょう。「ボールを使う」「プロがいる」「ボールは一度に一つしかない」「ボールをどうパスするかが大事」「ボールが当たると痛い」「熱狂的なファンのいるチームがある」…などと思考実験的に楽しんでも良さそうです。
たかが「似ている-似ていない」の話ですが、「類似性を見つける思考回路」は奥が深く、新しい業務に挑むためにも役に立つ、ありがたい存在です。