株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
「潜在ニーズ」の対比として「顕在ニーズ」の話はよく出てきますが、「顕在ニーズ」は既に分かっているありきたりのことで、分かったところであまり得るものがない…と思われがちです。
●顕在ニーズにも勝機あり
しかし、そうとも言い切れない事例があります。実際には「顕在ニーズ」でも「未充足ニーズ」のまま放っておかれ、後になって実現されるケースです。
「結婚式」などの伝統的な行事はかなり費用がかかり、「もっと安くならないのか?」というニーズが根強くありました。これはまさしく誰でも考えるような「顕在ニーズ」かつ「未充足ニーズ」でした。
豪華な結婚式だけではなくシンプルなものも好まれるようになったことや、デフレといった環境要因はあったにせよ、「費用が高い」という課題の解決として生まれた「格安の結婚式」はまさに「顕在ニーズ」を具現化したものです。
そして、サービスではなく「モノ」の話としてハードウェアを例にとりますと、PC関連で誰でも考えるような、顕在ニーズの小型化を具現化した事例があります。
「ACアダプターが重くかさばり、軽く小さくしたい」のは明らかにノートPCユーザーの「顕在ニーズ」かつ「未充足ニーズ」でした。ノートPC自体がどれだけ小型軽量化しても、ACアダプターが大きく重くては、あまり意味がなくなってしまいます。大体300g以上の物が多かったようです。
さすがに「顕在ニーズ」だけに、NECのLavieZ(214g)などそこに対応した事例もありますが、60gというレベルではありませんでした。
「顕在ニーズ」は大抵、既に採用され市場投入され白黒が付いている、あるいはコストや技術的な問題、法令の問題で採用が見送られているケースが大半かと思います。(結婚式の事例では、高いのが当然、安いと採算が取れないといった観念が浸透していたように思えます。)
しかし実際には、「ダメだった」あるいは「採用見送り」などと思われている「顕在ニーズの中に宝があるのではないか?」というのが本稿のテーマです。
●テクノロジーによるボトルネックの解消
商品カテゴリーによっても異なりますが、5年など時間の経過で新しいテクノロジーが生まれてきたり、低コスト化が進んでいたり、小型化が進んだりと、以前ダメだと判断されていた「顕在ニーズ」の「ボトルネック」が解消できる可能性が生まれます。
テクノロジーの進化の事例で言いますと、小型無人ヘリ「ドローン」登場の背景には、スマートフォンの普及で「ジャイロセンサー」などが小型化・低価格化したことがあり、ドローンの実現・普及に大きく寄与しています。このように技術の進歩から思わぬ恩恵にあずかれるケースがあります。
しかし、不思議なもので、一旦「ダメだと烙印が押された物」は、社内で失敗事例として位置付けられ、失敗伝説が定着し、二度と誰もチャレンジしないまま見向きもされなかったりします。技術的ブレークスルーがあり、5年後に復活できる下地が整っていたとしても、復活することは多くないようです。
これは、失敗や断念の原因分析が十分ではなく、責任者やプロジェクト、企画そのものに「失敗の烙印」を押し、責任の追及をするとそれで「全て終わった」「決着がついた」と感じてしまうからではないでしょうか。
「今の技術では克服できない問題があって失敗した」「実現の仕方が適切ではなかった」、「今のコストでは採算が取れないので低価格化を待つべき」「短期間で達成できるプランだと判断したことが失敗…」などと問題を掘り下げるところまで到達していないことが現実には多いと感じています。
●顕在ニーズであり続けるもの
技術のマネジメントは私の専門外ですので、消費者ニーズの視点で延べますと、
【いつの時代でもある程度の顕在ニーズがあり続けるのに未解決】という要素は、いつかブレークスルーする可能性があると考えています。
アンケートなど定量調査で言うと、重視点や不満点の上位には入らないが、そこそこ回答ボリュームがあり、「これは実現できないのでやっても意味がない」…と多くの方が捉えているものに「お宝に化ける可能性のある何か」が潜んでいると考えています。
●両方のスキルが必要なのか?
この課題を解決するのに、「消費者ニーズを読み解く専門家」と「技術の専門家」の両方を兼任できる人材がいればいいのは確かです。しかし、そういった人材を発見したり、育てたり、活躍できる土壌を作るのはそう簡単なことではないかもしれません。(知り合いで挑戦している方がいますが、まだ一部の企業での取り組みと言えそうです。)
では、「より短期的に実現できる方法は?」といいますと、既に実践されている企業様もおありかと思いますが、消費者ニーズ把握に長けた方には「より技術に触れてもらう」、技術に長けた方には「より消費者ニーズに接してもらう」という、お互いの分野に触れあう場を持つことが一つの解決法と言えそうです。
「この技術はこのニーズ達成に使えるのではないか?」という気付きは、こういった相互の分野へ接することで生まれやすくなると感じています。実際に私自身の経験でも同様で、テクノロジーを知ることで、「これはあの課題に使える!」と気が付くケースがありました。
マーケティング・リサーチャーとして消費者ニーズを捉えるスタンスで言わせて頂きますと、
【できるだけ技術者、製品開発を担当されている方に消費者ニーズを見る現場に同席して頂きたい】…
【同席が無理でも、レポートや消費者ニーズにつながる写真などに目を通して頂きたい】と考えています。
●客観的・批判的に見る風土
ただ、技術者サイドに「客観的・批判的に物事を見る風土」があるケースでは、「この調査結果は信じられない、ほんの数人、数十人の意見が何になるのか?」、「ニーズは分かったが、大まか過ぎて具体的に何をすればいいのかの分からない。」といったご意見を耳にすることもあります。
一理あるとも言えますが同時に「非常に勿体ない」ともいえ、例え数名のニーズでもニーズは現存し、大抵は「市場規模が見えていないだけ」です。「数名の意見だから意味がない」わけではなく、判断を保留し、次のステップで検証すればよい話です。
やや話がそれますが、私は、ビジネス上の判断は「Yes」「No」の二択だけではなく、「現時点では保留」も含めた三択で判断すべきだと考えています。判断のスピードも大事ながら、「判断材料不足の即断」は必ずしもいい結果を生みません。
そして、「ニーズと、技術・具体化の間には、越えなければならない溝」があり、「そこをどう超えて行くのか?」そこが企業の課題であり、技術から見るだけではなく、「溝を超え、発想の飛躍を生むため」にもニーズを把握する消費者起点の視点は重要です。
「大きさを小さくしたいといっても、どの程度なのか?」「携帯電話と同じくらいの重さならいいのか?」といった点の判断には、消費者目線が必要です。「何グラム」ではなく、「○○と同じくらいの重さ」」「カバンに無理なく入る位」という感覚です。(※「何グラム」「何センチ」と聞くのは技術者視点です。)
そして、ニーズと技術のギャップは「デザイン思考」などをベースにし、ワークショップ等で埋めて行くケースも増えてきています。ワークショップは時間や手間がかかりますが、すぐに「Yes」「No」を判断することを回避し、理解を深める意味でも価値があります。
なお、このあたりは潜在ニーズであれ、顕在ニーズであれ、同じ手法が使えると考えています。
●今解決できなくても、懐で温めておく
もちろん、「現時点では解決できないこと」も多々あると思いますし、何年も経ち技術的ブレークスルーが起こって初めて実現できることもあるかと思います。
「未解決の顕在ニーズ」は単に諦めるだけではなく、数年後にチャンスが訪れる可能性も含め、懐に課題として持ち続け、温めておく発想も有効ではないかと思います。