株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
取締役フェロー 澁野 一彦
◆「老後の貧困」は他人ごとではない
「人生90年時代」に突入した"超高齢社会"日本。
医療や生活環境の向上で日本人の平均寿命は格段に延長したが、一方で先行き不透明な社会保障・年金制度、不十分な介護環境など長生きに伴う不安材料は増加する結果となっている。そんな中最近「老後崩壊」や「下流老人」などの言葉が話題になり、"高齢者の貧困"が社会問題として取り上げられるようになった。
平成25年内閣府で実施した調査(35歳〜64歳男女対象)では、《世帯の高齢期に向けた経済的備え》の問いに対し、「充分だと思う」(1.6%)、「最低限あると思う」(21.7%)を合わせた「備えがある」とする割合は全体の1/4弱程度(23.3%)。逆に「少し足りないと思う」(16.5%)と「かなり足りないと思う」(50.4%)を合わせた「備えが足りない」とする人の割合は、全体の6割(66.9%)を上回っている。 (注:内閣府:平成26年『高齢者白書』より)
また、65歳以上の高齢者で「生活保護」を受給している人は約79万世帯(平成27年4月時点)に上り、受給世帯全体の5割近くを占める。超高齢社会の更なる進展、一方で年金額の暫時縮小などを考えると、まさに「老後の貧困」は他人ごとではなく、明日は我が身なのである。
だからと言ってシニア層皆が手をこまねいている訳ではない。このような現実を生きる多くのシニア層は、浪費を控え堅実に自分の可能な範囲での生活を営むことで、逆境を切り抜けようとしている。
以下は、今年で4年目を迎える『JMAシニアライフ・センサス2015』(今年7月実施)からの抜粋である。
◆シニアの「暮らし向き意識」より堅実に推移
同調査の経年推移では、シニア層の「生活満足者(満足+やや満足)」は、ほぼ7割強と高い満足度を維持。
一方「経済的に余裕がある(余裕あり+やや余裕あり)」は37%に微減、「余裕がない」が6割強を占める。
そのためか、シニアの「就労者率」は年々増加傾向。⇒「働くシニア」が増える。
表1:暮らし向き意識の推移(55歳以上/12年度は60歳以上)
経済資源については、ここ数年「貯蓄額」は微増傾向にあり、将来に備えて蓄える意識が強くなっている。
一方「家計支出金額」は平均20万円強と抑え気味で、財布のヒモはより固くなっている。
表2:経済資源(55歳以上/12年度は60歳以上)
先行きへの懸念から、年々生活費を切り詰め、貯蓄に回す傾向が経年推移から推察され、"生活防衛意識"が顕在化していることが認められる。
◆経済的に余裕はなくても、現状生活に満足している『プア充』シニアが4割に増加。
以下は主要な「暮らし向き指標」である「経済的余裕※」と「生活満足度※」をクロスして100分比で視たもの。
「経済的余裕があり」、且つ「現状の生活に満足」している『リア充』層が年々減少傾向にあるのに対し、「経済的に余裕がない」が「現状生活に満足」という『プア充』層は逆に年々増加、15年度は全体の4割を占める。
表3:「暮らし向き指標」(経済的余裕度×生活の満足度) (100分比)
"現在の暮らし向き"を受け入れ(割り切り)、今の生活を充実させようという人が増加。シニアの多くは"身の丈にあった生活"を心掛けている。
●「暮らし向き意識」には、経済資産(貯蓄額)が大きく反映。
では、「暮らし向き指標」で分けた3層の経済資源はどうなっているのか?
『リア充』は、平均貯蓄額が「4040万円」で「3000万円以上」以上が5割を超える。(注:55歳以上高齢者の平均貯蓄額は「2103万円」)
一方、55歳以上シニアで4割を占める『プア充』の平均貯蓄額は「1210万円」で、『リア充』の3割に届かず、「3000万円以上」の人は1割を切り、『リア充』との経済資源の差異は大きい。
このように「暮らし向き意識」には経済資源が大きく影響しているとともに、シニア・高齢層の中で富の集中化=格差が進んでいることがわかる。
表4:自身・配偶者の資産(暮らし向き意識別) (※見にくい場合は下図をクリックで拡大表示)
◆高齢になるに従い経済的ゆとりは無くなるが・・・ 〜家計収支の実態
続いて、月額の「可処分所得(税金や社会保険料等を差引いた年金を含む手取り収入)」と「家計支出総額」、及び「消費性向(家計支出総額/可処分所得)を年代別にまとめた。
1カ月当たりの「可処分所得(年金を含む手取り収入)」と「家計支出」は《比較世代》でピークになり、加齢するに従い減少。また「可処分所得」と「家計支出」の差額(経済的ゆとり)は、高齢になるに従い縮小化、《75歳以上の後期高齢者》の「消費性向」は9割近くになる。
表5:年代別の家計収支状況(月) (※見にくい場合は下図をクリックで拡大表示)
資産(貯蓄額)は多くとも、可処分所得の少ない65歳以上の高齢者の日常生活における出費は、年金収入の額に比例する。平均的にはあまり高額でない年金収入の中でやりくりをするため余剰資金は少なく、どうしても日々の出費は倹約気味になってしまう。
◆シニア・高齢層は長い老後に向けて多彩なライフスタイルを志向。
今まで見てきたように、シニアの経済的な負担感は年々増している。しかし、だからと言っていつも生活防衛一辺倒でもない。
次にあげたのは、シニアの「生活価値意識(こうありたいという志向)」を整理しビジュアル化した図。
今のシニア層は、今まで生きてきたキャリア、また現在の生活資源に応じて、一元的な余生という概念でなく、それぞれの世代の生活価値観を踏まえ、多岐に渡る多様な志向性(ベクトル)を表出している。
表6:シニア(55歳以上)の多様な生活価値・志向(多次元尺度法) (※見にくい場合は下図をクリックで拡大表示)
※解析:JMAシニアアドバイザー上田牧人氏
シニア層の志向性は多岐に渡っているが、属性(性・年代、世代等)によっていくつかの方向性に整理できる。
64歳以下の比較的若いシニア層では先行き不安が大きく『自己優先』『節約・生活防衛』意識が強くなり、65歳以上の高齢のシニア層では、概して生き方に前向きで『生活享受』『絆重視』の傾向が見られる。
※詳細は、『シニアライフ・センサス2015』参照。
経済的にゆとりがあるとされてきたシニアであるが、「経済資源(貯蓄額等)」、「暮らし向き意識」、そして「生活価値」をみても差異が大きく、一括りでは捉えられなくなっている。
シニア(55歳以上)の4割を占める『プア充』は、冒頭で述べたような所謂「高齢者の貧困」層ではない。家計をやり繰りをしながら、身の丈に合ったライフスタイルを実践している"普通のシニア"である。
国をあてにできない今、(彼らを貧困層にしないためにも)この普通のシニアのニーズを汲み取ったサービス・商品の提供が企業に求められている。
次回は、この"生活価値意識"のより詳しい分析(生活クラスター作成等)を行い、『プア充』を中心にしたシニア層の生き様・意向について深耕していく。
続く
■資料
・「JMAシニアライフ・センサス2015」報告書詳細編
・平成26年度「高齢者白書」(内閣府)