株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
●顧客の旅
「顧客の旅」と言われる、顧客の体験するストーリーを視覚化する表現・分析手法が「カスタマー・ジャーニー・マップ」ですが、まずは理屈より感覚で捉えてみましょう。
【カスタマージャーニーマップの事例】
自分が顧客として「製品X」に接する機会について考えてください。今回は美容家電のようなちょっとした家電製品だと想定し、話を進めます。
■「製品X」を購入し、ユーザーになる旅
(1)キラキラした女性の写真など、気になるプロモーションに接して「製品X」に関心を持ち、スマホで調べて口コミ情報に接しました。そして、気持ちが盛り上がり、家電量販店に向かい、店頭でPOPを目にします。あのキラキラした女性とメッセージが書かれています。
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(2)「製品X」の商品パッケージを手に取って、商品サンプルでデザイン・カラーバリエーションを確認し、動く実機で試して、購入を決断します。
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(3)そして、「製品X」を自宅に持って帰って箱を開けます。そこには、取扱説明書と同梱物があり、どこに何があるのか分からず面倒くさい気持ちが高まります。
しかし、期待の方が大きいので、取扱説明書を読みながら電池を探してセットし充電を開始します。あれ、結構充電に時間がかかるんだな…ちょっと待たされてじらされますが、充電が終了しいよいよ使用開始!
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(4)つい嬉しくてFacebookに「製品X」買ったよ!とコメントを記入し、「いいね」をもらいます。
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(5)使ってみると、取扱説明書だけでは分からないので、Webを検索します。口コミで新たな使い方が分かり、「あっ、そうすればいいのか…」と気づきます。そして、Webのコメントを見ているうちに消耗品に気が付いて、忘れないうちにWebで追加購入します。
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(6)Facebookを見た同僚からも翌日、「あれ買ったんだー!気になってたんだけど、使ってみてどうだった?」とお昼休みの話題になります。
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(7)そして、最初はあんなに嬉しかったのに、段々と仕事も忙しくなってきて使用頻度も落ち、充電も面倒になってきます。 そのうち、いつもの場所にしまわなかったのをきかっけに2か月間放置!年末の掃除で発見し、「あれーしまった!」と使用再開。
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(8)使用期間が長くなってくると、いずれ故障、修理といったことも起こるかもしれません。
このように顧客の製品・ブランドとの関わりは「旅」と言って差し支えないほど、複雑かつ、ストーリーを織りなす体験になっています。商品カテゴリーによっては、最初に知ってから購入まで何年もかかるケースすらあります。(逆に短期間のものもあります。)
●チグハグな顧客体験
このストーリーでは、「プロモーション」、「Webサイトの口コミ」、「POP」、「プロダクトデザイン」、「梱包」、「取扱説明書」、「SNS」、「消耗品購入のECサイト」などなど色々なものが登場しました。
通常、提供者側では多数の部署があり、分業で仕事がなされますので、上記が全て同じ担当の手で提供されることはないでしょう。例え、ブランドマネージャーの管理があっても、全てに一貫性を持たせて演出するのは至難の業です。しかし、顧客側は「一人の人間」が、まるで旅をするように「製品X」についてあらゆる体験をします。
ここで問題が発生します。
あんなにプロモーションではキラキラした世界観だったのに、Webサイトは普通だった…。箱を明けたら「ダンボール・梱包材」と「付属品」だらけで、すぐに製品にたどり着けない!取扱説明書にはキラキラした世界観はなく、どこを見たらいいのかよく分からない。
…といった、世界観が途中で分断されたりする、顧客から見るとチグハグな体験です。
世界観や「トーン・アンド・マナー」の統一については、近年デザイン思考、UXD(user-experience design)などが叫ばれ、以前より良くなっている印象を持っていますが、まだ、「高まった気持を下げてしまうような要因」はあちこちに潜んでいます。
そういった部分に改善のヒント、新たな潜在ニーズのヒントが隠れています。この顧客の経験に焦点を当て、経験の中の課題・ニーズを探り出すのが、「カスタマー・ジャーニー・マップ」です。
●誰が、どうつくるのか?
この顧客の旅を整理した「カスタマー・ジャーニー・マップ」は、通常、顧客調査などを元にワークショップで関係者が分析しつつ作成します。
インタビューや日記調査、エスノグラフィーなど定性的な調査が行われることが多く、対象人数は自ずと少なめになります。ただし、1名のみの顧客調査に基づくと、体験が非常にレアケースである可能性もありますので、通常複数名の顧客の経験をベースにして「合成した顧客像」のようなものを作成します。
(敢えてレアケース、特殊な「エクストリームユーザー」を対象に選ぶ場合もあります。)
そして、各ステップ毎にその時接するものや、その時の感情・セリフなどを書きしるし、旅を肉付けしていきます。
ワークショップ形式で作られることも多く、作成側も複数名とし、見落としを防ぎつつ、気づきをリッチにしていきます。
ただし、全てを分析者が作るのではなく、調査対象となった顧客にある程度作ってもらう方法もあり、弊社でも対象者自身にある程度作成してもらう方法を採用しています。
●カスタマー・ジャーニー・マップの良さ
従来型のマーケティング・リサーチでは、「何で「製品X」を知り、その後どういった情報を見聞きして、何と比較し、何が決め手になってこの製品Xが選ばれたのか?」といった、「比較的単純な購買プロセス」に当てはめて考えることが多かったように記憶しています。(パーチェスファネルなど)
【パーチェスファネル】
しかし、実際には店に行ったり、Webで調べたり、友だちの話でも出てきたり、SNSで流れてきた情報に接したり、パンフレットを見てみたり、そもそも競合の製品ではなく、エステやマッサージと比較してみたり…などと、紆余曲折があったりします。
カスタマー・ジャーニー・マップでは、その中での心の動き、揺れを捉え、「ここに機会がある、ここに課題がある」という点を見出すこともでき、シンプルな購買プロセスでは捉えられないディティールにあふれた「旅の記録」が得られます。
「店頭で試せないこと」こそ、別の方法、例えばWeb上の動画で疑似体験・理解してもらえるのではないか?と気が付いたり、「使って初めて気が付いた良さ」「途中まで勘違いしていたこと」をもっと早くに伝えられないか?など、様々な気付きがあります。
実際の旅であっても、「空港内の移動で困った」、「両替をどこでするのが良いのか分からなかった」、といった細かい問題点はあるものです。
後になると記憶から薄れてしまうことも、ストーリーで思い出していくと、「そういえば空港で荷物受取の場所が分からなくて困ったな」、「両替をどうするかで悩んでしまったなぁ」…と思いだして整理できますので、「カスタマー・ジャーニー・マップ」という名称には納得できます。
そして、拡大解釈すると「より快適な旅を作る」ための現在地を示した地図とも言えそうです。
●顧客以上に顧客のことを考える
BtoB営業の達人の言葉に「顧客以上に顧客のことを考える」というものがあります。どれだけ相手のことを考えた提案ができるか?を表した言葉ですが、これはBtoCの商品開発や、コミュニケーションデザインでも全く同じ話かもしれません。
そうはいっても顧客ではなく、「提供者側の事情」で色々制約があり、思うように実現できないのが実情だと思いますが、それにしても「顧客のことを考える段階」ではそういった制約は少ないはずです。
「カスタマー・ジャーニー・マップ」は「顧客の旅」を追体験するような側面があり、「顧客以上に顧客のことを考える」ツールとして、かなり有意義なものであると感じています。