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ワークショップ事始め 第5回 「デザイン思考・アート思考」

2016/01/05

タグ:アートファシリテーション ワークショップ デザイン思考 梅津 順江

株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 シニアディレクター インタビュアー 梅津 順江(ウメヅ ユキエ)

新年あけましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いいたします。
昨年は、公私ともに多くのワークショップに関わりました。特に力を入れたのが「アートファシリテーションプロジェクト」のメンバーの一員としての活動です。

「アートファシリテーションプロジェクト」では、あるテーマについて話し合ったり、アイディアを創造したり、意思決定を行ったりするプロセスのなかで必要とされるファシリテーションに、線や絵などの言葉以外のイメージである【アート・イメージ】の要素を取り入れることで、普段あまり使わないであろう脳の領域が活性化され、言葉とイメージの両方を使った結果、よりよいアウトプットを導き出すことができるのではないか、という仮説を持っています。

NPO法人 日本ファシリテーション協会のプロジェクトのひとつで、実験的にワークショップなどを開催しながら、その仮説を実証しています。


昨年のワークショップの中で、印象深かった事例を紹介します。
まず、参加者を【言葉を中心とした話し合いを行うチーム】【アート・イメージを用いて話し合いを行うチーム】の2つに分けました。どちらのチームとして参加したいかの希望を事前にとりましたが、なんと前者は男性、後者は女性の参加意向が多かったのです。この時点から、何か違いがありそうだとワクワクした気持ちで進行しました(図1)。

言葉とアートイメージのチーム編成.jpg

 「20年後の職業について考えよう」というテーマで、それぞれのチームで話し合いをしてもらいましたが、作為的にならないよう、大きな問いかけや時間は揃えました。
ワークは、「20年後の生活、社会について考える」「20年後の職業について考える」の2つに分けました。

ワーク1「20年後の生活、社会について考える」の問いかけは、丁寧に行いました。次のような感じです。
「私たちのプロジェクトメンバーに赤ちゃんが生まれました。そらちゃんという女の子なのですが、雑談の中で『そらちゃんの未来はどうなっているのだろう』『どんな環境で仕事をするようになるのだろう』というところから今回のテーマが決まりました。(※ちなみに、実話です。)
まずは、今から20年後、2035年の生活(基本は自分たちが住んでいる日本)はどうなっているでしょう?20年後の自分、あるいはお子さん、お孫さんの一日を考えてみてもいいかもしれません。」という感じです。

ワーク2「20年後の職業について考える」の本題では、「2035年にはどんな職業があるでしょう?自分たち人間が就くものとして考えましょう。」という簡易な問いかけにとどめました。
               
共通の問いかけ.png

大きな投げかけは統一しましたが、サブ的な問いかけや話し合いのプロセスは異なります。
ワーク1の場合、【言葉中心チーム】は「20年後の生活や社会がどうなっていたら良いですか?どうなっていたら嫌ですか?」、【アート中心チーム】は「20年後の生活や社会を考えた時、例えば色で表すと何色?線やカタチで表すとどんなふう?」と問いかけました。

ワーク2の場合、【言葉中心チーム】は「どんな職業がどんなニーズのもとに生まれているか?」、【アート中心チーム】は「20年後の職業をイメージして、色・線・カタチを描いてみましょう」という問いかけを行いました。


結果は、【言葉中心チーム】【アート中心チーム】ともに、様々なアイディアが出ました。アイディア総数は大きく変わりませんでしたが、プロセスやアウトプットの内容が異なりました

プロセスの点では、【アート中心チーム】が優位といえると思います。楽しく線やカタチを描いていましたし、笑いもありました。気楽かつのびのびと没入している様子も見受けられました。途中で【言葉中心チーム】から「あっち(アート)チームは楽しそうだなぁ・・。」「仕事モードになる。戻り感や重複感があって疲れた。」という声が漏れるほどでした。

【アート・イメージ】を使うことで、言葉だけを使うよりもさらに振り幅を大きく、ワクワクしながら発想を広げることができます。また、視覚効果によって自分ごとになりやすいため、感覚的にメンバー同士の共感性を高められます。この点は、事後のアンケートの回答にも記されていました。

しかし、【アート中心チーム】にはデメリットもありました。それは、アート・イメージ"だけ"では結論がぼんやりしているということです。【言葉中心チーム】では良し悪しを言葉で表現できますが、アート・イメージで描かれた成果物(図3)を見ただけでは表現された内容を第三者に伝えることが困難ですし、見る人によっていかようにも解釈できます。
(※もちろん、【言葉】もよく選ばないと、人によって取り方が異なることがあるため注意が必要です。)

【アート・イメージ】だけでは、伝えたいことがうまく伝わらない、捉え方が三様になるといったマイナス面があったのです。参加メンバーの一人がうまいことを言いました。それは「【言語】を使うと、【アート】だけよりも結果にコミットできる。」という発言です。その指摘に、参加者全員が共鳴しました。

両チームの成果物..jpg

プロセス・発散のパートでは、【アート・イメージ】の活用が有効で、結論・収束のパートでは【言語】の活用が有効ということではないでしょうか。言語だけでは発想の広がりが弱い、アートだけでは正確性の欠如や解釈のズレが生じてしまうのです。

今回のワークショップは実験なので、極端な事例になりますが、実際のワークショップでは、アートと言語の両方を用いるといいのではないでしょうか。【アート・イメージ】中心の発散段階でも言葉を補う必要があります。今回の実験ワークショップでは、言葉が入るからこそ、イメージを定着させることができるということも実感しました。


比較的近い言葉として、ビジネスにおいて用いられる「デザイン思考」という言葉があります。
「デザイン思考が世界を変える」の著書であるIDEOのCEOティム・ブラウン氏がTEDで講演するなどして、ビジネス領域での関心が高まりました。彼によれば、デザイン思考は「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズと技術の力を取り持つ」領域を専門とし、「実行可能なビジネス戦略にデザイナーの感性と手法を用いて、顧客価値と市場機会の創出を図る」ものとしています。

日本では、「デザイン思考の道具箱」の著書、奥出直人氏などがデザイン思考の実践と研究を進めています。奥出氏は「デザイン思考は顧客を発見し、その顧客を満足させるために何を作ればいいか、つまりコンセプトを生み出し、そのコンセプトをどうやって作るのか、さらには顧客にどのように販売するのかまでを考えるビジネス志向の方法である」と具体的に定義しています。

要約すると、「観察・傾聴からヒントを得て、仮説やプロトタイプを作り、それらを検証し、試行錯誤を繰り返しながら改善を重ねて製品やサービスを創造するプロセス」となります。

筆者は、「デザイン思考は、このプロセスが大事なのではないか」と考えます。最初に発散思考(divergent thinking)や観察によってできるだけ多くの可能性を探り、そのあとで収束思考(convergent thinking)によって潜在的な課題や可能性を可視化しながら、一つの最終案に絞り込んでいく過程です。

このプロセスこそ、まさしく今回実験・体感したアート思考にも通じるのではないでしょうか。アートファシリテーションは、まだまだ研究のしがいがある未知の領域です。しばらくプロジェクトに参画し、実験や研究を重ねたいと思っています。