株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
企画部 ディレクター 牛堂雅文
●近頃聞くことの増えた「VR」
「VR(バーチャルリアリティ)」といえば、例の「VRゴーグルをつけた人」のイメージが思い浮かぶのではないでしょうか?あの格好で街を歩く人は見かけませんが、VRゴーグルをつけた人の写真などを目にすることは増えています。
当初は物珍しい存在でしたが、日常ではないにせよ「VR」を徐々に見聞きすることが増え、弊社のビルの4階にも「VR」を活用したゲームセンターが2016年末に登場しました。また医療関係で体の構造を理解するために「VR」を活用するといった取り組みもあり、社会に根付き始めていることに気が付きます。
▼VRゲームセンター「VR PARK TOKYO」
▼エンタメだけじゃない。医療現場でのVR事例まとめ
そして、「マーケティング・リサーチで「VR」を使う」という話は、以前はまだまだ遠い印象がありました。しかし、ここしばらく状況が変わりつつあるようです。
●海外からのVRの話題
つい先日、海外のリサーチの話題でおなじみ「ESOMAR」の中心的なイベント「コングレス」が開催され、マーケティング・リサーチの最近の話題がチラホラと見え隠れし、その中のキーワードの一つに「VR」が含まれていました。
そして、別ルートとして9月のJMRX勉強会で共有された「ESOMAR SENSORY SEMINAR」でも、会場調査での試飲などの「官能試験(Sensory Test)」の話題があり、そこで「VR」を活用した事例が紹介されていました。
●会場調査(官能試験)の問題点
「白いついたてに囲まれた味気ない空間」で評価をすることは、一定の環境下でのコントロールというメリットが大きいため、今日まで続く方法となっていています。しかし、実験室的な環境であることは否定できず、実際の飲用や食用の使用環境からは程遠いものとなります。
そこにVRを活用して、実際の利用環境に近い空間を感じてもらいながら、官能試験を行えないか?という事例の紹介でした。海外では「VR」が注目されていますが、そもそも今までの評価方法の何が問題なのでしょうか?
●対象者心理(調査会場≒試験会場?)
まず、マーケティング・リサーチに協力するときの対象者の心理に注目します。「○○ユーザーかどうか、購入頻度はどのくらいか?」といった対象条件に関する質問を経て来場しますので、そもそも通常よりそのカテゴリーに関する意識が高まっています。
そして、会場に入ると会議室のような部屋に通され、白いついたてに囲まれた場所で、そっけないグラスやお皿にのった食品や飲料を味わいます。当然BGMもありません。周囲にはほかの対象者や、調査会社のスタッフがいる状態で、うるさくはなくてもせわしない感じがします。
さて、心理学や、マーケティング・リサーチではおなじみのこの光景、ふと冷静に考えるとあまり自然とは言えません。
普段、そんなお皿やグラスは使わない…といった問題もあれば、ついたてに囲まれた空間だなんて選挙の投票所位でしかお目にかかりません。それに選挙なら回答はその場では見られませんが、マーケティング・リサーチの会場では、アンケートの回答をスタッフが確認し、「これは何を指していますか?」などと確認してきます。自由回答で書けない漢字があるだけでも、少し焦りがあったりします。
もし、これに近い環境があるとすると、知らない人が大勢いて、空調はきいており、BGMのない屋内、余計なものがあまりなく、監督のような人もいる環境…それは【試験会場】に近いのではないでしょうか?日常のリラックスした状態とは遠いやや緊張した状態となり、少しまじめな立ち振る舞いをしてしまいがちかもしれません。
【試験会場】で味わう飲料の味と、その評価と考えると日常とはやや異なってしまうことがご理解いただけるのではないでしょうか。
●マーケティング・リサーチ会社のスタンス
しかし、そんな議論は数十年前から雑談レベルで話されるネタであり、マーケティング・リサーチ会社はそれを百も承知で続けています。
その理由は、一定の環境下で、余計な刺激をあたえないようコントロールし、なおかつコストも含め現実的なものとすることを優先すると、「これに代わる良い方法」が見当たらなかったためです。
「バイアスを与えない」といった言い方もされますが、「試してもらう製品の違い以外」を極力排除していったところ、「試験会場のような空間」にいきつき、「不自然さはあるが仕方ない」と捉え、今日まで続いてきた経緯があります。
そして、リアル環境にこだわる場合は、HUT(ホームユーステスト)という選択肢がありますので、そこでは「コントロールされた一定の環境下」にならないことを承知の上で、選択してきました。
●解釈レベル理論
近年…といっても既に10年以上になると思われますが、消費者行動研究などのアカデミック領域では、「解釈レベル理論」が注目されています。
「解釈レベル理論」は大まかにいうと、以下のような内容となります。
「人は出来事や対象に対する心理的距離が遠いとき」と「近いとき」で、ものごとの解釈の仕方が異なり、「心理的距離が遠いときは、より抽象度が高い解釈レベル」で考えようとし、逆に「心理的距離が近いときには、より具体的なレベル」で考えようとする傾向があります。
●「解釈レベル理論」旅行の例
例をあげますと、「漠然と旅行に行こう」と思っているときは、豪華ホテルでの贅沢なディナー、行先も絶景で有名な「ウユニ塩湖(標高4000mにある)」といった行くだけでもハードルの高い場所を考えたりします。少し抽象的というか、夢見がちです。これが心理的距離の遠い状態の心理です。
しかし、実際に日付も踏まえ予約を取ろうとすると、「こんなに遠くにあって、富士山よりも高度が高く、渡航費は!!…ちょっと無理かも…、絶景は他にもある!」と考え直して現実的なプランに修正してしまう…。これが心理的距離の近い状態の心理です。(※知り合いで高山病でぐったりしつつウユニ塩湖に行った猛者もいますが、絶対数は少ないでしょう。)
ここで、先ほどの会場調査の話に戻りますと、「購買の直前で店頭にいるとき」はその製品と心理的距離が近く、「調査の会場にいるとき」ではその製品との心理的距離が遠い状態になりやすいといえるでしょう。
調査結果と実売で多少結果がずれる背景には、こういった要因があります。
●VRなどのソリューション
そういった状況を少しでも緩和するような方法として、一定環境下でのコントロールはするものの、対象者の心理を「日常に近い状態」に変えることはできないか?という発想に行きつきます。
そこで、近年脚光を浴びる「VR」が登場します。
「ESOMAR SENSORY SEMINAR」でフランスの会社の事例として紹介されたのが、試飲テストでのVRの活用です。コントロールされた環境下にいながら「VR」でお店の店内を体験してもらいます。そこで、試飲を行い、無味乾燥なついたてに囲まれた空間からの脱却を図ります。
そうやって心理的距離が近い状態を作り出し、矛盾する「コントロール環境下」と「心理的距離の近さ」を両立し、なおかつコストを膨大にかけないこと、これがVRに期待されるところです。
●コスト問題
海外同様に「VR」に注目し、弊社でも「VR」の検討を進めています。その中で無視できないのがコスト問題でして、「VR」はリアリティを追及するほどCG制作コストが膨らみ、徐々に違う意味で現実から遠ざかってしまいます。どれだけクオリティが大事でも、CG映画を作るほどのコストは普通かけられません。
しかし、実は「そこを緩和する方法」も存在し、今では海外カンファレンスでも「VRの事例」が発表されるようになってきました。私も「コストダウンにその手があったか…」と分かった時はニヤリというか、ホッとしたものです。
もちろん、すぐさま全ての調査で「VR」が取り入れられ、明日から会場の対象者が全員「VRゴーグル」をつけているとは思えません。見てみたい気持ちはありますが(笑)、実際には一部に限られるものと思われます。
ただ、デジタル化の中でも、いままでメスがあまり入らなかった会場調査、官能試験にも新しい動きが出始めたことに面白さを感じています。