Recent Entry
Archives
Back Number
Tag Cloud
検索
 

シニアリサーチャーの“Re Work” 第2回 「“隠居”に学ぶ定年後のセカンドライフ」

2017/07/25

タグ:澁野 一彦 人生90年 江戸時代のご隠居

株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
取締役フェロー 澁野 一彦
◆人生90年時代の到来〜期待と不安
厚生労働省がまとめた平成27年度の簡易生命表によると、国民の平均寿命は男性が80.8歳、女性で87.1歳。また、同年(平成27年)の60歳の人たちの平均余命は 男性が23.6歳、女性で28.3歳。
「人生90年」の時代が一段と現実味を帯びてきた。

これまでは、会社人生が終われば、その後は特別な計画もなくゆったり、のんびり過ごしていればそれで人生は終焉を迎えるという考えがほとんどであった。しかし、今や定年後も20年から30年という気の遠くなるような(?)長い年月が残されている。ただこれといった計画もなくのんびり、ゆったりと過ごすだけでは、余りにも長すぎる時間が目の前にずっしり横たわっている。人生90年を視野に据えたセカンドライフのデザインが求められる時代になっている。

今年2月にリリースされた博報堂の50代男性(未定年層)の意識調査で、セカンドライフ(定年後、60歳以降の生活)に対する「期待」と「不安」を最大の数値を100として訊いている。その結果を見ると、「期待指数」は62.3ポイント、「不安指数」が57.2ポイントで、定年後の生活への期待と不安両方とも入り混じる複雑な心情が伺われる。(博報堂新大人研レポートより)

社会保障の行方、年金の受給延滞・不透明感、今後長く暮らす配偶者との関係維持、自身の健康、介護問題など今の定年予備軍(世代)は、様々な不安を抱えている。だからこそは自身が定年でセカンドライフを迎えるにあたって、いろいろ考えて準備していかなければならない。

このように将来に様々な生活不安を抱える日本の高齢社会であるが、実は「人生50年」といわれた江戸時代の先人たちの“隠居生活”に、“セカンドライフ”の生き方のヒントを探ることができる。
江戸時代は隠居(セカンドライフ?)天国で、高齢社会の現在からみても、時代の大いなる先取りだった。


◆江戸時代のご隠居に学ぶ
豊かな知恵を発揮しながら隠居生活を楽しんだ江戸時代のスーパーな老人たちの生き様を紹介する。

江戸の定年後―“ご隠居”に学ぶ現代人の知恵.jpg


江戸時代は40〜50歳位で家督を息子に譲って隠居した人が多く、比較的若く元気なうちから隠居し、セカンドライフを始めている。「人生50年」とされ、寿命が短かったと言われる江戸時代にも、長命で元気な老人は沢山いた。
『養生訓』の貝原益軒と『蘭学事始』の杉田玄白はともに85歳。『南総里見八犬伝』の滝沢馬琴は82歳。浮世絵の葛飾北斎はなんと90歳で長寿を全うしている。


□若いうちに苦労して楽しい老後を迎える

井原西鶴は『日本永代蔵』で、若いうちに一生懸命働き、早く隠居して人生を楽しむべきだと云う。そのために「お金を大事にし、分限長者という億万長者になるべし」と説く。同書には、主人公の甚兵衛が、若い頃は働きに働いて蓄財し、隠居して初めて上等な衣服を着て芝居見物をする様子が描かれている。江戸時代の人々は人生の目標を「老いの楽しみ」におき、若い時には身を慎み、懸命に働く。そして老後、どのように楽しめるかに大きな関心を抱いていた。この当時「老後」に暗いイメージはなかったようで、「いい老入」を理想とし晩年を大事にした。

□達者(健康)が幸せのもと、楽しみはこころの充実

江戸時代のベストセラーであった『養生訓』の著者貝原益軒は「養生の術を学んで、健康を保つことがもっとも大事なこと」と説き、「長生すれば、楽(たのしみ)多く益多し」と云っている。江戸中期以降は養生書が百種以上も出版され、それだけ健康に関心を持つ人が多かったようだ。また益軒は、「楽しみはこころの内にある」と説く。心身ともに元気で、楽しく生きる上で重要なのは心の充実感であり、『養生訓』の目的は人生を楽しむことであると言いきっている。

□長寿人生をアクティブに使い切る

益軒が『養生訓』を書き上げたのが、死去する前年の84歳の時で最期まで執筆活動を行い、人生をとことん
使い切った。益軒69歳の時には、20歳以上若い妻の東軒(47歳)を連れ立って、京都へフルムーン旅行に行っている。隠居だからといっては家に引きこもっているわけではなく 仕事、旅、グルメ、趣味の集まりに積極的に参加し
最期まで長寿を積極的に楽しむことがセカンドライフの充実につながる。

□隠居後の変身〜定年後に名を残す仕事をスタートする

50歳で隠居した後、本格的に測量、地図づくりと、それまでとは別世界に足を踏みいれ、文字通り人生を二度生き抜いたのが伊能忠敬である。酒造業の家督を息子にゆずり、江戸へ出て熱心に天文学を学んだ。現地測量は当初は自費でまかなった。17年間、9回にわたる測量で歩いた距離は、地球一周に近い約3万5千キロにおよんだ。ファーストキャリアで稼いだお金や信用、人望をセカンドキャリアの原資として用い、後世に残る仕事をする。定年後のセカンドライフの生き様の理想像である。

その他にも、40代で隠居し、後半生の生きがいを園芸に打ち込み、植物園(向島百花園)を作った佐原菊塢、
大工の棟梁から落語家へ転身し江戸落語を再興した烏亭焉馬、武士から脱サラして絵師になった『東海道五十三次』の歌川広重、女ひとりで生き抜いた幕末の歌人太田垣蓮月など、隠居後の“個性的な変身”が紹介されている。

江戸時代に長寿を全うした老人たちに共通しているのは、若いころからファーストキャリアを堅実に生き抜き、老後になるとその時間を大いに楽しんだということ。年を取ってからでも好奇心と志があれば、歴史に名を残せる仕事ができる(可能性があり)、“セカンドライフこそが志を叶える場足りうる” ということを教えてくれる。


◆人生は後半戦勝負
先日、聖路加国際病院名誉院長・日野原重明氏が105歳で天寿を全うされた。
氏は「60歳までは午前中の時間。60歳を過ぎると午後が始まる。午後は非常に長いでしょう・・・」という言葉を
残している。60歳からの人生における自由な時間は10万時間と言われており、これは20歳から働いて60歳まで40年間勤めた総労働時間に匹敵する。日野原氏の言葉は決して大げさではない。

人生には、自分で自分のことをコントロールできない時期と、自分の裁量を発揮できる時期がある。
そういう意味でも、定年後の時間が本番であると考え、江戸のスーパーな老人達を参考に「人生、後半戦勝負」を賭けて、セカンドライフの準備をすることも有りなのではと考えている。


次回は、JMAの定期調査「シニアライフ・センサス2017」から、現在の高齢者のセカンドライフの実態(成否)、定年前の世代(未定年層)の目指すセカンドライフの意識について、調査結果を交えて考察したい。
つづく
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
参考資料
・「定年後に向けて期待と不安に揺れる50代」博報堂大人研レポート

・「江戸の定年後〜“ご隠居”に学ぶ現代人の知恵 」中江克己(光文社文庫)

・「定年後50歳からの生きかた、終り方」楠木新(中公新書)

シニアリサーチャーの“Re Work”のほかの記事を読む